河内の古刹、葛井寺。 [西国三十三所巡礼]
西国三十三所巡礼、第五番札所は大阪府藤井寺市にある
『紫雲山 葛井寺(しうんざん ふじいでら)』
市の名前の由来にもなっているのですが、意外と小さなお寺でした。
地名は藤井寺で、表示漢字が異なります。
河内文化は、飛鳥時代・奈良時代にかけて発展し、葛井寺も百済王族「辰孫王」の子孫王仁氏一族の白猪氏(後に葛井氏と改名)が当時の天皇の仏教興隆政策に協力し、創建された氏寺が始まりのようです。
寺歴はそうとう古いですが、たびたびの戦火に遭い、更に永正七年(1510)の大地震で寺の諸堂がすべて倒壊したようで。後の修復は主に江戸時代に再建されたもので、現在の規模になったようです。
「南大門」朱に塗られた仁王門ですが、かなり色あせてます・・・
南大門を入って真っ正面が本堂、真っすぐに石畳がひかれてますが、その真ん中に青銅製の灯籠?どう見ても灯籠なのに『青銅鳥居』と呼ばれています。
その先の石灯籠は『紫雲石灯籠』聖武天皇御寄附となってます。
大阪府指定美術品だそうですが、傷みが激しく本物は裏庭で保存、これは明治に作られたレプリカです。
「弘法大師修行像」。大師堂も建てられてます。
ここの手水舎には、弘法大師手掘り井戸と書かれてました。
横には立派な松の木が・・・
南北朝の動乱期、楠正成が本尊に戦勝祈願をしたとき、菊水の旗を掛けた木ということで『旗掛けの松』と呼ばれてます。
この松、三葉の松で「三鈷の松」とも呼ばれ、楠正成が三人の息子にこの松にちなみ力を合わせるよう誓わせたそうです。
本堂には、国宝『十一面千手千眼観世音菩薩坐像』が置かれています。
毎月十八日の観音会の日だけご開帳され、多くの参拝者で賑わうようです。
この観音像、天平仏像脱活乾漆造。大の手2本、中の手40本、小の手1001本、計1043本の手を持つ。十一面の顔に真数の1043臂千眼の観音菩薩であり、日本最古の千手観音なんだそうです。
よくある千手観音像って後ろから出ている手は40本ほど(1本で25の世界を救うって考え方から)なんですが、ここのは本当に千本(それ以上)あって全ての手の平には目が刻まれているそうです。
唐招提寺の千手観音像などと同様に、本当に千本の手を持つ珍しい観音像なのです。
『四脚門』慶長6年(1601)に豊臣秀頼により建立された旧南大門を天明5年(1785)にここに移築したものといわれており、葛井寺で現存する最古の建物であり、国の重要文化財に指定されています。
★本宅ブログではもう少し詳しく『第五番札所 葛井寺』よろしければ覗いてみてください。
『紫雲山 葛井寺(しうんざん ふじいでら)』
市の名前の由来にもなっているのですが、意外と小さなお寺でした。
地名は藤井寺で、表示漢字が異なります。
河内文化は、飛鳥時代・奈良時代にかけて発展し、葛井寺も百済王族「辰孫王」の子孫王仁氏一族の白猪氏(後に葛井氏と改名)が当時の天皇の仏教興隆政策に協力し、創建された氏寺が始まりのようです。
寺歴はそうとう古いですが、たびたびの戦火に遭い、更に永正七年(1510)の大地震で寺の諸堂がすべて倒壊したようで。後の修復は主に江戸時代に再建されたもので、現在の規模になったようです。
「南大門」朱に塗られた仁王門ですが、かなり色あせてます・・・
南大門を入って真っ正面が本堂、真っすぐに石畳がひかれてますが、その真ん中に青銅製の灯籠?どう見ても灯籠なのに『青銅鳥居』と呼ばれています。
その先の石灯籠は『紫雲石灯籠』聖武天皇御寄附となってます。
大阪府指定美術品だそうですが、傷みが激しく本物は裏庭で保存、これは明治に作られたレプリカです。
「弘法大師修行像」。大師堂も建てられてます。
ここの手水舎には、弘法大師手掘り井戸と書かれてました。
横には立派な松の木が・・・
南北朝の動乱期、楠正成が本尊に戦勝祈願をしたとき、菊水の旗を掛けた木ということで『旗掛けの松』と呼ばれてます。
この松、三葉の松で「三鈷の松」とも呼ばれ、楠正成が三人の息子にこの松にちなみ力を合わせるよう誓わせたそうです。
本堂には、国宝『十一面千手千眼観世音菩薩坐像』が置かれています。
毎月十八日の観音会の日だけご開帳され、多くの参拝者で賑わうようです。
この観音像、天平仏像脱活乾漆造。大の手2本、中の手40本、小の手1001本、計1043本の手を持つ。十一面の顔に真数の1043臂千眼の観音菩薩であり、日本最古の千手観音なんだそうです。
よくある千手観音像って後ろから出ている手は40本ほど(1本で25の世界を救うって考え方から)なんですが、ここのは本当に千本(それ以上)あって全ての手の平には目が刻まれているそうです。
唐招提寺の千手観音像などと同様に、本当に千本の手を持つ珍しい観音像なのです。
『四脚門』慶長6年(1601)に豊臣秀頼により建立された旧南大門を天明5年(1785)にここに移築したものといわれており、葛井寺で現存する最古の建物であり、国の重要文化財に指定されています。
★本宅ブログではもう少し詳しく『第五番札所 葛井寺』よろしければ覗いてみてください。
カッパのロードスター
河内へと楠公さんを訪ねに行きたくなりました('-'*)
by ヒロシ (2011-11-16 07:41)
★ヒロシさん、おはようございます。
千早赤阪がありますね。そちらでも湊川神社がゆかりですかね。
楠公さん、最近はスポットライトがあたりませんね。(^_^ゞ
by 路渡カッパ (2011-11-16 10:12)
こんにちは。
なるほど、門構えには朝鮮のテイストが感じられるような気がします。
青銅の灯篭は、どこか上野の東照宮にあるものに似ているように感じます。正真正銘の千手観音像、拝んでみたいものです。
by sig (2011-11-16 17:03)
★sigさん、こんばんは。
この辺りの歴史文化は興味深いです。飛鳥、白鳳、天平って頃でしょうか。
大陸や半島の影響は色濃いと思いますね。
最古と言われる千手観音像、たびたびの戦火や震災にも耐え、現存しているのは驚きです。
一度拝んでみたいものですね。
by 路渡カッパ (2011-11-16 23:28)
おはようございます
いやいや、立派な御寺さんです。
by すー (2011-11-17 04:56)
★すーさん、こんばんは。
一度ここのお寺の十一面千手千眼観世音菩薩坐像は見てみたいです。
by 路渡カッパ (2011-11-17 23:45)
おはようございます。
昨日もこの横の高速を通りました。
やはり・・・・藤井寺はお寺が起源でしたか。
by BPノスタルジックカーショー (2011-11-19 05:36)
★BPノスタルジックカーショーさん、こんにちは。
関西ロードでしたね。今日は一日雨になるようです。
運転くれぐれもお気をつけください。
藤井寺、地名の方が有名でお寺はあまり知られてないようですね。(^_^ゞ
by 路渡カッパ (2011-11-19 12:05)
葛井寺 ふじいでら と読むんですね~ルビがないと読めないですよね^^;
千手観音の話は、面白かったです♪
お寺には観光程度でしか見ていないので、知識もないし、比べるなどは出来ないですが、
本来のあるべき姿をちゃんと知ることで、他の千手観音が見えてきそうですので、いつか伺いたいと思いました♪(^.^)♪
by urara☆ (2011-11-19 13:05)
★urara☆さん、ありがとうございます。
藤井寺市の葛井寺、くずいでらではありません。(^_^ゞ素直に藤井寺ってしてくれればいいのにネ。
京都で有名な三十三間堂の千手観音は腕が40本、ただし千体置かれてます・・・これもスゴイ!
by 路渡カッパ (2011-11-20 00:31)
こんばんは。
聖武天皇御寄附という石灯籠・・・レプリカとはいえやはり風格がありますね!
2枚目、6枚目の構図が好きだなぁ~(^^;)
by あら!みてたのね (2011-11-22 01:30)
★あら!みてたのねさん、ありがとうございます。
石灯籠、本物は傷みが激しいというのが残念ですが
相当古いものなので仕方ないかな。
by 路渡カッパ (2011-11-22 21:56)